人物百景、第9話目は、
「長光山 妙蓮寺」住職「山本 玄征」さんです。
名前:山本 玄征
生まれも育ちも妙蓮寺。
長年にわたり妙蓮寺のまちをつくり、その変化を見守ってきた妙蓮寺の第四世住職。


〈聞き手=酒井〉
昔の妙蓮寺
酒井:「いつもお世話になっております。本日は大変緊張をしております。
まず、この辺りの昔の様子を教えていただけますか?」

「その昔、この辺は「ただの野原」だったのね。
いまの妙蓮寺の商店街の辺りには養鶏場があって、ニワトリがたくさんいたのよ。
あなたの方(仲手原一丁目)は一面、本当にただの野原で、ちょっと行くと火葬場だけがあって、その後に、横浜市の交通局ができて、日石(日本石油)の社宅も出来てさ、、、
武相高校は結構古いと思うよ、昔から野球に力を入れててね。
まぁ今と昔では、この辺はだいぶ変わったよね。」

春には花見客で賑わいを見せる境内(撮影:横山清和さん)
「菊名池は、今のプールも含めた全体が「菊名池」で、そこに「菊名橋」という橋がかかっててね、ボート乗り場があって、大きな金魚とかもいて、すごく自然が豊かな場所だったんですよ。池の畔には「公設市場(現ささき整形外科)」があってね。」

その後、この付近は埋め立てられて市営プールになった。(撮影:横山清和さん)
「私が生まれるずっと前は、「さのやさん(現FamilyMart)」は、馬の休憩所で、馬車が止まって水を飲む場所だったらしいんですよ。
白楽から妙蓮寺に来ると、ゆるやかな坂になっているでしょ??
当時は馬車だから、馬も疲れて休む場所が必要だったみたい。笑」
東急さんが電車を通す前は、この辺りは一帯「畑」だったけど、駅ができる時に、当時の若い人たちが『街ができるから店を出そう』って言って、「風月堂さん」「呉服屋さん」なんかが出来たみたいなんだよね。
あと商店街で古くからあったのは「茅木屋さん(現オリジン弁当)」とか 「さのやさん(現FamilyMart)」とかですかね。

後ろには株式会社カメガヤ(現Fit Care DEPOT)の看板が見える。(撮影:横山清和さん)

多くの子供が集まっている様子。(撮影:横山清和さん)
酒井:「そうだったんですね、まさか妙蓮寺に養鶏場があったとは、、、地元の私でも知らなかったです。(汗) ちなみに「妙蓮寺駅」の土地は、妙蓮寺さんが提供されたんだとか??」
「そうそう、3代前の住職が当時、東急電鉄社長の五島慶太さんと仲が良くてね、「茶飲み友達」みたいな仲だったらしいの。
五島さんは『電車を通したい』って言ってたけど、やっぱり用地取得が大変だったみたいで、、、
そんな時に、うちの住職が『だったらうちが、無償で駅と線路用地を提供しますよ』ということを申し出て、この場所に駅ができることになったらしいんです。


酒井:「そうだったんですね、そんな経緯が、、、、お寺さんの土地がなかったら、駅がずれていた可能性もあったんですか?」
「もしかしたら、そうかも知れないね。線路はアップダウンがない方が良いわけだし、大倉山からは、新横浜方面に行った方が、山が少なく平坦ですからね。
でも当時、五島さんは相当喜んだみたいですよ。そんな経緯があったので、
東急さんが「感謝の気持ち」で駅名を「妙蓮寺」にしてくれたそうなんです。」
酒井:「感謝の気持ちで命名された駅名、とてもいい話ですね!!」
「そうだね。でも東横線が通ってくれたおかげで「今の妙蓮寺の街」があるわけだし、当時はこんなに発展するとは、思いもしなかったと思うけど、、、良いことをしたと思いますよね。」

酒井: 「あと、街の人はあまり知らないかもですが、お寺さんは昔から「妙蓮寺のまちづくり」を深く考えて、実際にまちづくりを行っているじゃないですか。
うち(松栄)がお寺さんの不動産物件募集を行うときは、必ず『このお店や業種が、この街のためになるか』という議論を土屋さん(※1)と行いながら、審査を行っていたり、
その土屋さんは、某プレミアムコーヒーチェーンのS社をこの街に誘致しようとチャレンジしていたり、、、お寺さんとしては「まちづくり」にどんな想いがありますか??」
「まちづくりって、やっぱりその場の空気を感じることが大切でしょ。 だから、私も日常はほとんど電車に乗って移動しているんですよ。車も好きなんだけど、街の雰囲気を感じながら、街を歩くようにしているんです。
それに、うちの街は派手な繁華街ではなく、閑静な住宅街だから、この良さを活かしてくれて、この街に合ったお店に入ってもらいたい、と思っているの。
派手な街が好きな人には向かないかも知れないけど、ゆっくり落ち着いて暮らしたい人にはいい街だと思うんだよなぁ。
だから、この今のまま「落ち着いたまちづくり」をしていけば良いと思うの。」
※1: 土屋光廣 「有限会社橘」代表取締役。妙蓮寺のまちづくりを影から支える妙蓮寺不動産管理の責任者。The Night Cruisersのベーシストという一面も。
住職の声掛けで始まったラジオ体操

2018年5月12日からスタートした「ラジオ体操in妙蓮寺」は、毎週土曜朝9:00に、妙蓮寺境内で開催されています。(誰でも参加可能)
コロナの影響で一時中止を余儀なくされていたものの、2020年7月より再開。約4か月ぶりのラジオ体操には約30名ほどが集まりました。

酒井:「ラジオ体操は、住職の声がけではじまったのですか?」
「そうそう、私が声掛けして、はじまったんです。
やっぱり「健康が大事」だと思っているんだけど、体操とか運動は 1人だと続かないじゃない??(笑)
だから、私が『ラジオ体操をみんなでやらない??』って、妙蓮寺ニコニコ会に声をかけさせてもらって、商店街が軸になって始めたんですよね。
ラジオ体操の「第一」はもちろんだけど、「第二」までキッチリやるから、いい運動になるよね。でもやっぱり、地域の皆さんが来てくれるのが、一番嬉しいよ。」

お寺でJAZZコンサート!?
「お寺」と「JAZZ」の異色のコラボが実現した「JAZZコンサート」は2009年より開催され
『無料コンサートだけれど本格的なJAZZライブが楽しめる』と評判になり、近年では約2,000人も集まる、妙蓮寺の恒例行事に。

「妙蓮寺の商店街の横山会長が、ジャズレコードを集めるのが好きでね、
まちの活性化のため『お寺で、ジャズコンサートをしたらどうか』と相談を受けて、お寺の敷地を使って開催することになったんですよね。
お天気に恵まれなかった年もあるけど、お陰様で、いつも多くの方が足を運んでくださるイベントになっているよね。」

ちなみに二人は港北小の仲間、住職は会長を「横ちゃん」と呼ぶ仲
足を運んでくださる方のことを考える日々
酒井:「住職の1日の過ごし方を教えていただけますか」
「始発電車が動き出すのが、5:10くらいなので、朝早くお寺に来てくださる方のため、4時には起床して4:15頃に本堂を開けます。

それからお寺の周りをぐるっと歩いて点検して、、、
という生活を、12歳くらいの頃からずっと続けています。
そんな感じで気を張っているせいか、風邪も滅多にひかないで元気に過ごせているんですよね。」


住んでるひとが都会だから古くてもいいまち
酒井:「 白楽、妙蓮寺、菊名は、古くから住んでいる人達もいて、落ち着いた雰囲気がありつつも、若い人やファミリーも徐々に増えてきていますが、妙蓮寺のまちの今後についてどのようにお考えでしょうか?」

「このゆるい感じが好き」という人も多い
古い町って、横浜にいっぱいあるけれど、こんなに安心できる街は、なかなか無いと思うんですよね。
通勤圏内なのに、家賃は都心に比べれば高くないし、妙蓮寺って「暮らしに適したまち」だと思うんです。
『妙蓮寺』として私たちが「必要以上にこのまちに対して行うことはない」と思っています。
住宅地としての使命と、商店街や、歴史とのバランスを保ちながら、みなさんといい街つくりがしてこれたと思っていますしね。
だから、これからもお互いに助け合いながら、まちが良い方向に発展していけばいいなと思っていますよ。」

妙蓮寺 縁起
観応元年(一三五〇年)に開山した「妙仙寺」が「横浜鉄道臨港線」の敷設に際して移転する際に、第四十一世住職慈性院日體上人が、妙仙寺の「妙」と、現在の地にあった蓮光寺の「蓮」を合わせ、「妙蓮寺」と改めたのが、現在の妙蓮寺のはじまり。お祀りする日蓮聖人の御尊像は、池上本門寺第二祖日朗上人の九鳳、日像上人の作。
宗教法人 妙蓮寺 代表役員 山本玄征
〒222-0011 神奈川県横浜市港北区菊名2-1-5
<関連企業>
有限会社 橘 代表取締役 土屋光廣
〒222-0011 神奈川県横浜市港北区菊名2-1-3
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